2012 Jan
1/6 (FRI)
人生の折り返し
四十路となった。わーパチパチ。
…なんて言ってみても、新年早々の誕生日というのはなかなかに祝われづらいところがあって、学生時代は小学校低学年時のお誕生日会を除き、友達から祝われた記憶がない。冬休みの真っ最中なのだから、それも無理からぬところであろう。高校を卒業してすぐ働き始めたわけだが、社会人になってからはこれまたロクに祝った記憶がない。一番ひどかったのは結婚前の女房から「誕生日おめでとう」と電話をもらったのに「誰が?」と返して呆れられた時だろうか。仕事が修羅場真っ最中で年を跨いで会社に泊まり込みをしており、日付はおろか自分が何を言っているのかわからなくなるほど。自分でも忘れてしまうくらいだから、他人が祝ってくれるというのはなかなか難しいのである。さすがに所帯を持ってからは毎年お祝いがあったが、それもここ 2 年はサッパリなのは過去日記から察していただけよう。
さて、今日はどうであったか。Facebook という SNS も手伝ってか、例年よりも多くの Happy Birthday を頂戴した。Facebook ではログインすると「今日は○○さんの誕生日です」というアナウンスが表示されるから、気がついた人、さらに気の向いた人であれば気軽に祝辞を書き込める。ちょっと少なめではあるが、9 人の方からおめでとう投稿をいただいた。それとは別にメールで 1 人、ダイレクト メッセージで 2 人からおめでとうを頂いた。オンライン外では甥っこからは FAX で、そして夜には女房子供からは携帯メールでメッセージが届いた。いずれもありがたいことである。
しかしだ。ちょっと寂しいなと思うのは、直接対面や電話で「おめでとう」をくれた人は一人もいないという現実であった。甥っこの FAX は除くとして、ネットがなければ、祝ってくれる人は一人もいなかったのじゃなかろうか…。まあ、本当に直接お祝いを言われなかったかと言うと、それは正確ではない。昨晩は馴染みの飲み屋で零時を迎えたため、その際に自ら告白することで、マスターと 1 人のお客さんにおめでとうを言われたし、今日は今日で、父親が行きつけのスナックへ「呑みにいくか」と気遣ってくれ、そこではわざわざ誕生日ケーキまで用意していただいて、ママの歌うハッピーバースディでロウソクを吹き消すこともできた。これはこれで本当にありがたい。
けれど、父親のそれは別にして、縁の薄い人々におめでとうと言ってもらっても…なんというか心に隙間風が吹いたような感じではある。誰だって「今日誕生日なんですよ」と言われたら「おお、そうでしたか。おめでとうございます」と言うだろう。自分だってそう言う。だが誕生日を祝われるというのはそれだけではあるまい。プレゼントを貰ったり、こちらも社交辞令でなく「ありがとう」と言えるような日。それが誕生日ではなかろうかと思う。
とまあ、ちょっと物寂しさが残る 40 歳の日ではあったが、それでもおめでとうと言ってくれた人々がいる。そのことに感謝を持ち、来年こそは真に喜べる誕生日を迎えられるようになろうではないか。今日自分のことを思い出してくれた人、ちょっとひねくれてしまってごめんなさい。でも。心からのありがとうをあなたへ。
1/4 (WED)
ひっそりと謹賀新年…
明けましておめでとうございます。Kashi. を知る皆様にはまあ、それなりのご愛顧を賜りたく。
なんとも締まらないご挨拶で恐縮なのです。しかし去年の愚痴だらけの 1 年と日記を振り返れば、通り一遍の挨拶というのもしづらいというもので、なんとなく卑屈になってしまうのも致し方ないところなのであった。
さて 2012 年。明後日には 40 歳となり、前厄である。例年であれば 1 月 1 日には日記を認め、抱負など語るところであるのだが、振り返ってみれば有言不実行もいいところというやつで、我ながらダラシのない話だ…。
ということで今年は大仰な目標や心構えは避け、出来るだけ心に平穏が訪れるような生活習慣を心がけたいと思う。昨年の (というか今もまあそうなのだが) 自身の落ち込みっぷりは甚だしく、そこから立ち直れない自分に対しての苛立ちは他人への八つ当たりとなって噴出してしまった。悪循環ここに極まりというもので、本当にもうどうして良いやら…というところだったのである。
こうした状態というのは人を排他してしまうものだ。「どうせ自分は孤独だ」とか「誰も自分を必要としていないのだ」という思い込みは愚痴という形で他人を益々攻撃してゆく。「自分は弱っているのだから助けてよ」という叫びが、他人には「お前ら、さっさと席を譲れよ、バカヤロウ」という怒声として届いていることが分からない。他者への攻撃や非難は自分自身の自信の無さの現われであるのだが、何故か「自分は間違っていない。分からないのはこいつらのほうだ」という気持ちになってしまう。こうしてロジカルに整理してみれば至極当たり前の結果なのだが、鬱 (医学的な意味ではなく) の時というのはそんなことが分からないのものなのだ。今こうしたことが書けるのは、ある程度気持ちが落ち着いているからかもしれない。天気も良いし。
結局 Kashi. が欲する渇きを潤そうとするのであれば、自分を認めるしかないようだ。本音をいえば、今自分は無価値だなあという思いが拭いきれないし、事実として 40 という年齢、皆無と言っても良い資産、不安だらけの将来、母親の病気や家族との別居といった家庭環境、こうした現実の総攻撃はハンパ無いのである。しかし昨年分かったことはこれらに対して愚痴や不平を言ったところでなんの解決にもならないといったことであった。どうせ明るい未来などないのだから、仕事で頑張って金を貯めよう…なんてのもバランスを欠いた目標であろう。色んなことが順当に回っていれば何かひとつだけ頑張って帳尻を合わせようなんて気持ちにはならないものなのだから。
今更大きく自分を変えることは難しい。社交的ではないし、どこかで馬鹿騒ぎのできない自分がいつもいる。だから大勢とワイワイやって発散するということを心地よいと思わない。しかしそれでもこれまでやってこれたのは、自分は自分であって、他人様と比べるようなものではないという自信があったからではなかろうか。それが明るさにも繋がっていたのだろうし、不安を払拭する力になっていたのだと思う。こんな自分でもまがりなりにも愛してくれる人たちがいたのだ。そうした人たちはきっと、そうしたところに惹かれてくれたのだと思いたい。
40 歳。まあ人生の折り返しと考えても良い年齢だろう。すぐには気持ちを切り換えられないが、最悪の場合でも子供たちがなんとか過ごしていけるだけの保険はかけてある。そういえば一昨年からそのままにしておいたメール ボックスをすべて整理した。たった 2 年前には朗らかなやり取りがなされている。そうした人たちとの交流が無くなってしまったことはやはり寂しいけれど、きっと新しい出会いがあると信じよう。
人生には色々なことがある。おみくじは吉であった。まあ。悪くないんでないかい。
log
※過去ログは追々体裁を整えてから公開していきます。というかこの部分、PHP 化しないと更新が面倒すぎる。しかしそうすると、せっかく index された Google キャッシュが…。302 リダイレクトすればいいか。まあじわじわと…。
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